利き酒デザイナーの佐久間 徹志です。今回は、お酒の過去から現在、そして未来について語らせていただきます。
お酒という存在も、時代の中にしか存在しえません。つまり、お酒の役割は時代とともに変化し、その時代に合わせた役割を担っていくわけです。
✔︎お酒 1.0 [祈願用]
古墳・飛鳥時代、お酒は神々に捧げる特別な飲み物として扱われていました。祈願のために飲むものであり、お酒は五穀豊穣祈願のために祭りなどで呑まれる特別なものでした。今でもお神酒としてその文化は残っていますね。大昔は、これが主要な役割だったのです。人が天災や厳しい自然と対峙する中で、祈り願いを込めてお酒を飲んでいました。
✔︎お酒 2.0 [娯楽用としての消費]
次第に都市化が進み商業が盛んになるにつれて、お米と同等の経済価値を持った商品としてお酒が流通するようになっていきます。そこで、現在のように娯楽として飲まれるようになっていきました。
現代の日本文化は、主に室町時代に作られたと言われますが、お酒も同じくこの時代から醸造、販売が奨励され、需要も増していくことになります。この時代から時の政府は、今でいう「酒税」を徴収して、初めて重要な財源になっていくことになります。
そして需要が増すにつれて醸造技術は進歩をしていき、現代の酒作りの基礎となる、乳酸発酵で雑菌の繁殖を抑えながら酵母を増殖させアルコール発酵を促進させていく方法も見出されていったのです。後には、火入れ、段仕込み、アルコール添加、雑菌繁殖防止用の乳酸添加と品質を安定させる製造方法が発明されていきました。
結果、大量に安定生産できる大資本の「蔵」が大部分の生産を握り、規模の経済の恩恵を受けない中小規模の蔵は逆境に耐えながら生きながらえてきたと言えます。
そんな娯楽品として扱われてきたお酒も、時代とともに余暇と娯楽の種類の増加、健康志向、接待の禁止、人口減により生産量も落ち、中小規模の蔵は潰れるかどうかの瀬戸際に追いやられている状況です。現代人にとって、お酒飲むよりももっとコスパが良く面白い娯楽は存在するのです。
大量生産時代の安くそれなりのものを作る流れによって、大切な技術も失われていると言われるその中で、今まさに中小の「蔵」の新しい挑戦が始まっています。
✔︎お酒3.0
今、「大量生産で同じ味で」という平均化の波を乗り越えて、より”人間中心のお酒作り”が始まっています。その1つの蔵が寺田本家です。自然と微生物と人が対話をして、生物多様性を重んじながら作り手にも飲み手にも優しいお酒です。従来の雑味を嫌う酒作りとは違って、むしろその雑味を楽しむお酒を作る蔵です。雑味と旨味、甘み、酸味のアンサンブルはまさにアートのようです。
五十嵐酒造の天覧山は、室町時代に使用していた菌株を復活させて仕込んだお酒です。その味と香りで、室町時代にタイムスリップしたような感覚さえも訪れます。日本酒を飲むという体験を超えて、当時の人の感覚を体感する。それは絵画や彫刻品などを通して感じるものと同じような味覚から感じるアートです。
ヤッホーブルーイングは、ほのかに酔ったクリエイティブなもう一人の自分に出会う時間を体験価値として提供するクラフトビールを製造しています。更に、大量生産時代に凝り固まった「ビールは苦いもの」という概念を覆し「旨いもの」へとそのあり方を塗り替えようとしています。感性に訴えかける味覚体験とプロダクトストーリーにより、お酒は娯楽から一歩進んだ何かの役割を果たそうとしているのかもしれません。
今後お酒は、作り手にとっても受け手にとっても、知的活動であり、更には人間の感性をより豊かにするアートに近いものとなっていくのかもしれません。アートとしてのお酒は、どんな役割を果たしていくのでしょうか?これからのお酒作りとお酒の果たす役割を注視していきたいと思います。
佐久間 徹志
エンジニアとしてOA機器、農機の研究製品開発に関わる。
ビジネスモデル、テクノロジー、農業、微生物、発酵、お酒に興味があり、
利き酒デザイナーとして活動開始。
Facebook:https://www.facebook.com/tetsushi.sakuma.9