とっさに言われた一言に逡巡する。自らを軽視する言動を受け、心に痛みが走る。矛盾した社会を歩む中で、いつでも誰でもそのような事態に簡単にぶち当たる。
大切なことは、その瞬間、沸き起こってくる衝動を、成熟した思想、思考でコントロールすることだ。
人間はあらゆる物事に瞬間的に反応する。大事なことは、その感覚といかに取っ組み合っていくかである。
今は『色々なことに我慢できること』は、軽視されがちだ。忍耐というものは、古い時代の徳性であって、現代のものではないように思われることもある。
また、忍耐とは練達を生み出すための徳性であるという認識も広くある。それもその通りだ。
しかし、違った意味で忍耐の価値が上昇している。能動的忍耐からの大逆転劇ほどクリエイティブな活動はない。AIやロボティクスにはそれができない。なぜならAIに『我慢』はないからだ。
ギリギリの忍耐によって練磨された精神が、第三の案とも呼べるような創造的な一手を放つ。絶望するような状況をポジティブな事態へと一変させていく。これこそが人間の力だ。まさに創造性の発露である。
最大級のクリエイティブは、実はそのような事態から生まれる逆転劇の中に宿る。ジムロックは、「忍耐の草は苦い。だが最後には甘い、柔らかい実を結ぶ」と言った。
正当で順境の場で考えることというのは、案外みんな同じようなものになりがちだ。しかし、能動的忍耐から発露する創造性には、考えもしなかった驚くべき価値が宿る。
忍耐は人に練達を与えるだけではない。創造性さえも与える。次代の意味を宿した忍耐2.0は、これからの重大な美徳である。