日本が、世界が今再び大きく揺れている。どの角度から見ても、現代の変化の波は劇的で、一人一人が仕事上、生活上それを意識せざるを得ない。
そんな中、玉石混淆の情報が溢れ、その波の中で感じることは、「その『問い』自体が間違えていないだろうか」ということだ。
特に注意しなければならないことは、よくある二者択一的な問いと、そこから派生する議論である。
例えば、次のような問いがある。
「ブレーキが壊れてしまい、右にハンドルを切れば、4人の社員をけがさせてしまう。しかし、左にハンドルをきれば、一般人1人をけがさせてしまう。さあ、あなたならどちらにハンドルをきりますか?」
これには、そもそも正解などなく、答えを選んだ瞬間間違えてしまう問いの典型だ。
この問いは、次の問いに差し替えなければならない。「そもそもブレーキが壊れないようにするためには、どうすればいいのか?」
社会が混沌としているために、上記に類する問いが、社会のあらゆるところで散見される。
そして、その間違えた問いをひたすら議論をすることが、何よりも切なく、それを見る度に心が痛くなる。
「その問い自体がそもそも間違っていないか?」今、私たちは、たてられた問いそのものを、根本から考えるべき時に来ている。