【コラム】主観的時間への渇望。時間と働くことのこれからの関係性

[2016/6/17]
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時間は24時間、365日と地球の自転や公転を基準にして計るもの。その通りだ。なんの異論もない。

しかし、それは時間のいち側面であり、時間はより相対的であることが分かっている。アインシュタインはそれを見事に証明した。

そこには厳然と「主観的な時間」というものもある。自分が好きなことをやっている時には、時間は驚くほど速く流れる。学生時代、友人と話したり、遊んでいると昼休みの時間が瞬間的に過ぎ去ったものである。

しかし、嫌なことだと思ってやれば、時間は無限に長く感じる。嫌いな授業は「まだ15分しかたっていないのか!?」と愕然とすることもあっただろう。

当然と言えば当然なのだが、人間の生活は元気度、生命力に依存する。強い生命流が流れている状態では、時間は速く感じ、それが弱ければ時間は無限に遅く感じる。

よくフローに入ったとか、入らないとかいうが、結局論理は単純である。生命力の強さなのである。

そんな時間への思いを、多くの人が今切実に感じ始めている。退職という概念がほとんど意味をもたなくなる世界の中で、自分が嫌だと思うことをどこまでも繰り返し行うことに耐えられないのだ。例えそれが3年という歳月であったとしても、千年間牢獄に閉じ込められているように主観的な時間を感じる人もいる。

超長寿社会、退職なき一億総活躍社会の中で、より自分が使命だと思うことをやりたいと願うことは当たり前のことだ。それを実はテクノロジーが後押しをしている。20世紀の常識と21世紀の常識は少し違ってくる。

しかし、難しいのは、単に自分のいる環境だけを変えればいいのかというと、そんなに甘いものでもない。

自分が逃げた課題は、環境や人を変えてどこまでも追いかけてくる。父との関係性が悪ければ、父くらいの年齢のとある上司となかなかうまくいかないものなのだ。

環境への洞察も深めていけば結局、己へと通じる。存在へのあがきの中で、自分自身と誠実に向き合い続ける地道なステップがどうしても必要となる。

己を見つめ、存在と役割の側面から哲学を深め、アイデンティティを練磨する日常習慣が必要だ。人々はそれを渇望している。

働くことと時間の関係性は、単なる時給や地球の自転・公転との関連で語れるようなものでもない。21世紀、人類はそれを痛切に感じるようになる。

 

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