【コラム】緻密に見えているということ。認知フレームの進化を求めて

[2017/5/17]
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見えていないということほど、恐ろしいものはない。

見えていれば、予測を立てて、フィードバックすることもできるが、そもそも見えていなければ、それができない。人間は、年齢を重ねれば、素晴らしい人間になるとも限らない。経験は必ずしも、その人を成長させない。

その場合のほとんどは、見えていないことで起こる。自身の認知構造外のものを見ようとするには、かなりのストレスがかかる。疲れる。しかし、その緊張感こそが人間を成長させる。

人は基本、見たいものを見る。見たいように。しかし、それだけでは、成長は少ない。見えなかったものを見ようとすることが、学ぶということだろう。

例えば、「絵」を見ても緊張感がない場合。それは、自分が「絵」から学ぼうとしていないからだ。もし、その人が目の前の絵から何かを学ぼうとしているのなら、その勝負をしているのなら、絵を見るときに、繊細さと緊張感が宿るだろう。そこに、認知拡大の土壌ができる。

学ぶことは、情報を消費することとは違う。情報を消費しても、こちらの認知構造は進化しない。学ぶということは、自身の認知フレームを広げるか、深めることだ。

多くの場合、人間は、何かに失敗することで、認知を拡大する。一方、成功するときに認知が拡大できる場合は少ない。しかし、失敗だけではなく、日常の繊細さと緊張感の中で、それを拡大することもできる。人間は経験して生きていくしかない。しかし、あらゆる経験を、自身の認知の進化に使っている人と、それ以外の人では、その差はあまりにも大きい。

あらゆる経験を血肉にしていく。そのために、どこまでも繊細さと緊張感を持って、見える範囲を拡大していきたい。

 

 

 

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