【コラム】興奮剤的な情報の価値と人生の関係性を問う

[2016/4/26]
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情報は人に価値を与える。一方、その価値が興奮剤としての価値である場合が少なくない。

現代は、受け手に刹那的な感情的満足を与えるコンテンツが、何か仕事や人生において重大なものと考えさせる傾向がある。もちろん、興奮剤的価値それ自体を否定するつもりはない。

しかし、結果、自分の人生が良くなったかと聞かれれば、あまり変わらないと答える人が多い。情報化社会は、必ずしも人間を幸福にするとは限らない。

情報から、自らの知恵を発露させ現実を1mm変えるには、更に3段階も4段階もある。世界はそれに気付き始めている。その具体的作業はまさに「苦に徹すれば珠となる」という至言を呼び起こす、大いなる登攀であることが多い。現実の壁が、重々しい鉄の扉と例えられることは、決して大袈裟ではないのだ。

しかし、そこを現代の情報論は、無視する傾向にある。なぜなら興奮剤としての価値を掘り下げれば、現代の情報価値の正体が、まざまざと暴きだされてしまうからだ。

自身の深いところにつながり、魂を震わせて感動し、生き方を進化させるような情報、また足下から価値を掘り上げる知恵の泉につなげるコンテンツとの出会いは、刹那的に消費される興奮剤的価値とは似て非なるものである。

情報は、社会や人間を振り回すためにあるわけではない。どこまでも人間に寄り添い、一人の人間の仕事や人生を、半歩でも前進させるためにあるべきだろう。情報密度の高い社会であればあるほど、受け取る側のこういった情報観を含んだ哲学の高低浅深が、試されていく。

 

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