【コラム】テクノロジーが普及しきった先にある『自由』のありか

[2017/11/2]
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自由とは何か。テクノロジーが普及して、自律的なモビリティが張り巡らされ、超グローバル時代が訪れたとしたら、そこに自由が存在すると言えるか。

ベーシックインカムが普及し、自分の好きなことだけができて、好きな人とだけ付き合えることが、真に自由と言えるのだろうか。

自由は、ある側面では環境に影響を受ける。よって、社会システムとして、人をより自由にしていく手はずを整えることも大切だ。

しかし、必ずしもそれだけで自由が手に入るかと言えば、そう簡単でもない。自分がその場にいるのが嫌だと感じたら、たちまち人間は不自由さを感じる。話をしている目の前の人が嫌いだと思ったら、急速に人間の心は閉ざされていく。自分の能力が発揮されないと苦しめば、そこに自由は存在しないといっていい。

つまり、人間の自由というのは、内面に依存する。つまりは、人格、内面的拡張度に依存するということになる。

人類が開くべき扉を開いていった先哲達は、例え、牢獄に繋がれようとも、心は宇宙大に広がっていた。また、遥か古代の日本人が、「天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ」(万葉集)と歌を詠んだ。

天空の大海を走る三日月の船が、雲を波にし、星の林まで漕いでいく。美しい夜空の情景を詠っている。

このような風景は、地球上どこにいても見られる光景だ。そして歌が読まれた時代には、テクノロジーという概念さえもない。では、当時よりはるかに便利になった現代に、私たちの心は天空を駆けるが如く、このような歌を詠むことができるだろうか?

結局のところ、自由とは、環境の問題だけではない。むしろ、内面の自由さにこそ、本質が存在する。そこに気づいていく人類は、決してテクノロジーの奴隷になることはない。

自由を手にするため、人間の内面の小宇宙を耕す旅は、21世紀の本流となろう。

 

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