時間によってしか、積み上げられないもの。そんなものが価値を輝かせる。
人間の情報過多の状態は、時間によってしか積み上げられない何かが、頭の片隅からこぼれ落ち、焦りを感じる時だ。
時代のスピード感に酔い、不安感を感じる時には、少し情報を遮断すると良いかもしれない。
窓を開け、空気を入れ替え、深呼吸をして、遠くの景色を見つめる。そして、今、自分が感じているその身体性に集中していくのだ。
風の歌を聴き、遠くの緑に目を向ける。映るその樹木は、人が50年先、70年先を見つめて植えられてきたものだ。息子の代より更に先、孫の代をめがけて植えられてきたもの。
まさに、時間によってしか到達できないものを、その緑は教えてくれる。
どんなに計算スピードが上がっても、どうしても時間によってしか成熟していかないものは存在する。しかし、テクノロジー社会は、そういった成熟の概念を軽視する傾向性がある。
しかし、人々はもう薄々気付いている。その時間に依存する世界に、人類は再び大いなる価値を見つめるようになることを。超高度情報化社会が進むほど、奇しくもそんな側面があらわになっていく。