【コラム】取引という経験が人間に与えるものと奪うもの

[2016/8/30]
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生物の繁栄というのは、環境が安定していると起こる。謳歌の時期は華やかだ。しかし、その場合において、進化はなかなか難しい。進化はむしろ環境が厳しくなると起こる。生物とはそういうものである。

人間は今、静かに進化の時を迎えている。そのための進化のベクトルを問うべき時が現代である。

創造性は大切だ。しかし、それをどの角度で発揮するかが大事になるわけだ。今、発揮するべき方向性は、より高い視点から問われるべきである。

例えば、1つの問いがある。それは、「取引という経験」は、生物にどういった影響を与えるのか?ということである。

取引は、基本「損得」がベースになる。損得は、普遍の基準だ。これからも無くなることはない。しかし、この基準が、人生の、社会の全てとなった時、そこには歪みが生じる。限界が生じる。なぜなら哲学なき取引の引力は、強烈に自分のみを愛でる本能に紐づきやすいからだ。

取引という経験だけではなく、今人間は、贈与という経験を強烈に欲している。人間の生体が、取引ばかりを行なうことによる苦痛に耐えられなくなっている。取引だけでなく、同時に贈与をいかにバランス良く経験の中にデザインするのか。そんなことが問われている。

私たちはより広く大きな視点から、人類の進化のベクトルを考える必要が出てきている。

 

 

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