【コラム】桜から学ぶ。「状態を超える」ということ

[2017/4/5]
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「状態」を超えることができるのか。それが問題だ。評価は、今その人が置かれている状態と密接に関連している。

しかし私たちは、桜を「状態」で評価しているだろうか。確かに、桜が咲く時に近くに接近し花見をしたり、愛でて楽しむことが多い。しかし、桜の真の評価は、その1年に1度の「開花の状態」のみにあるわけではない。

どこまでも、桜という記憶、存在の意味、メタファーまでを総合的に捉え評価しているのではないか。桜が花を咲かす期間は、1年の長さからすれば本当に短い。しかし桜は、「だから価値がある」という意味さえも勝ち得ている。

人間の評価というのも、ほとんどは状態における評価だ。その人が、華やかな状態にあれば、評価をされるが、その華やかさは決して永遠性を備えたものではない。しかし、状態を自分そのものと過信してしまうのが、人間の常である。状態を自分だと捉える精神は極めて脆弱である。そして人の真の評価は、桜と同じく状態を超えたところに存在する。

もちろん厳密に言えば、人間もその状態というものから完全に抜け出すことはできない。状態は人間の存在の一部であることも認める必要がある。しかし、その状態を超えたところに自身の本質が存在しているという、極めて冷静で客観的な洞察が、人間の生存の軸を強化する。

良かろうが悪かろうが、あらゆる状態を慈しみ、それを丸ごと抱え込みながらも、それを乗り越えていこうとする地道な精神の練磨。そこにこそ、状態を超える軌道がある。進むべく大道がある。桜は、そんなことを教えてくれている。

 

 

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